2011年9月7日水曜日
リリシズムができるまで その6
その気の遠くなるような作業はひたすら続き、きっと私が眠っている間も原稿は進んでいたに違いない。初めて第一稿を見せてもらったとき、あぁもういいかな、と思うほど満足してしまった。すでにゴールしてしまったような。ただ先は長いと予感した。でも、ここまで丁寧に仕上げてくれるなら待とうと思った。そして、2010年11月某日、ムックの巻末に載せる座談会を開いた。私も家族代表で参加させていただいたのだが、生前の父と親交の深かった方のお話を聞くことで、私が知らない父の外の顔を知ることができ、さらに父を掘り下げる作業がおもしろくなってくる。本当は2010年の秋に発売しようと思っていた為、発売記念の原画展を何本か入れてしまったが、それはそれでいいのだと思え、気がつけば年を越していた。作業は終盤へと向かうが、そこからがまた大変とは知る由もない2011年松の内。つづく
2011年9月6日火曜日
リリシズムができるまで その5
ムックってなんだろう。いろんな人のムックを参考にしてみたりしながら、まずは出版社の反応を待った。いくつか候補があったけれど、ここは森田さんと縁の深いまんだらけさんで押してもらった。まんだらけといえばサブカルの不夜城、私にとっては未開の地だった。わくわくした。そしてついにまんだらけからOKが出たので、資料を携えて中野ブロードウェイの会議室に行ったのが2010年6月9日。そこから少しずつ丁寧にじっくりと作業は積み重ねられていく。どのような構成にするか、どの作品を掲載するか、資料を集め、記事を検証する。亡くなってしまった父の生涯は短いものだったけれど、いざ辿って一冊の本にまとめようとなると気が遠くなるような作業であり、それを根気強く続けてくれた森田氏とまんだらけ編集部には頭の下がる思いだ。これはひょっとしてすごい本になってしまうのかも、と身震いをした2010年秋のこと。つづく
2011年9月5日月曜日
リリシズムができるまで その4
2010年は父の生誕70年だ。何か記念の企画をしたい、と森田氏に持ちかけた。そしてその日のうちにムックという結論が出た。それはすごい、すばらしい!そんなものが出せたらどんなに嬉しいだろう。しかし待てよ、そんなムックにするほどの内容が果たして残っているだろうか。母はなんでもポイと捨ててしまう合理主義者、父の遺品も少ないし、原稿は生前から歯抜け状態、父と過ごす時間が少なかった私は父の記憶が薄く、上村一族は早死の家系らしく私以外誰もいない。でもそこは森田さんという心強いサポーターがいるからなんとかなるか、と思いを託すことにした。結局、なんとかなるどころか驚きの成果を見せつけられることになるのだが。とりあえず気分が盛り上がってしまった2009年秋。つづく
2011年9月4日日曜日
リリシズムができるまで その3
その神楽坂の原画展で、かねてより父のことを研究されているという貴重な人物とお会いすることとなる。今回の「リリシズム」を企画・編集してくださった森田さんだ。噂には聞いてお名前は知っていたけれど、お会いするのは初めてだった。二度も会場に足を運んでくれた森田さんが何げなく残した言葉に驚いた。「原画展をやれてよかったですね、あとがきに書いていらっしゃいましたもんね」。そうだった!自分でもすっかり忘れていたのだけれど、「一葉裏日誌」が復刻されたとき、初めて書いたあとがきにそんなことを書いたのだった。父のことのみならずこんなろくでもない上村一夫の娘というだけの人間のあとがきまで丁寧に読んで覚えていてくださったのか。感動した私はいつか森田さんと本を作りたい、と願った。それからいろいろ遠回りしながら種をまき、はじめて森田氏に相談を持ちかけた2009年秋。つづく
2011年9月3日土曜日
リリシズムができるまで その2
本を出そう、そう思ってはみたものの、20年前に亡くなった漫画家のいまとなってはマニアックな世界。「同棲時代」といえば「懐かしいね〜」と言われて終わってしまう。これは思っていたより険しい道と気づいた2007年春。とりあえず読もう、再び読んでみよう、ということで、あらためて上村一夫の漫画を読み、原稿以外に700枚近くあるカラーイラストを整理した。その作業中、父が亡くなる一年前くらいから描きためていたという一枚絵を目にした。亡くなってから見つかったその作品群はほとんどが未完であったけれども、父の集大成とも言えるべき凄まじく美しい絵で、それは初めて父が自分のために描いた商業用ではない絵だった。亡くなってすぐの頃はなんだか絵から妖気が出ているようで触るのも恐ろしく、結局寝かし続けてしまっていた。でもこれはやっぱり公開するべきなんじゃないか、とその瞬間思った。そしてむかし父が初めて事務所を構えた神楽坂で「幻の一枚絵」原画展を開催した。迷いながらも沢山の方々に見ていただけて本当によかったと思った2008年春。つづく
2011年9月2日金曜日
リリシズムができるまで その1
リリシズム発売を前にひとり盛り上がるわたし。
思えば.....父の仕事を母からバトンタッチした2006年秋。
引き継いだとは言っても、母も私も正直なところ父の才能は認めていても作品に強い思い入れを持たないダメな家族だったので、さして積極的に動くでもなく年月を過ごしてしまっていたが、インターネットを利用して貴重なファンの方々のご意見を聞くようになったことと、ちょうど海外でのクールジャパンブームの端っこに乗っかって作品をご紹介できる機会があり、海外の(特にヨーロッパの)出版社の方々に大変深い理解をいただいたことが嬉しくて、いつの間にか父の作品を復刻することを真剣に考えるようになった。そんな矢先、母から生前の父のある言葉を聞いた。ある夜、酔って帰った父はふと「俺の作品は残って行くのかなあ」とつぶやいたそうだ。江戸っ子風情で、宵越しの金は持たねぇとばかり稼いだお金はすべて酒代に消え、描いた原稿は事務所の押し入れに無造作に置いたまま、気前良く絵を描いては人にあげてしまっていた父。生前はとにかく忙しくて自分のことで手一杯なまま、あっという間にこの世とオサラバしてしまった印象の父だから残すとか残さないとかそんなことを考える間もないのかと思っていたが、母から聞いた父の言葉に、そりゃそうだ、男ならやっぱり自分の足跡を残したいと思うよな、いまさらながら気づき(遅いけど)、さらに奮起した私だった。つづく
思えば.....父の仕事を母からバトンタッチした2006年秋。
引き継いだとは言っても、母も私も正直なところ父の才能は認めていても作品に強い思い入れを持たないダメな家族だったので、さして積極的に動くでもなく年月を過ごしてしまっていたが、インターネットを利用して貴重なファンの方々のご意見を聞くようになったことと、ちょうど海外でのクールジャパンブームの端っこに乗っかって作品をご紹介できる機会があり、海外の(特にヨーロッパの)出版社の方々に大変深い理解をいただいたことが嬉しくて、いつの間にか父の作品を復刻することを真剣に考えるようになった。そんな矢先、母から生前の父のある言葉を聞いた。ある夜、酔って帰った父はふと「俺の作品は残って行くのかなあ」とつぶやいたそうだ。江戸っ子風情で、宵越しの金は持たねぇとばかり稼いだお金はすべて酒代に消え、描いた原稿は事務所の押し入れに無造作に置いたまま、気前良く絵を描いては人にあげてしまっていた父。生前はとにかく忙しくて自分のことで手一杯なまま、あっという間にこの世とオサラバしてしまった印象の父だから残すとか残さないとかそんなことを考える間もないのかと思っていたが、母から聞いた父の言葉に、そりゃそうだ、男ならやっぱり自分の足跡を残したいと思うよな、いまさらながら気づき(遅いけど)、さらに奮起した私だった。つづく
2011年9月1日木曜日
リリシズム
上村一夫ムック本。いよいよ完成間近です。
タイトルは 『リリシズム 上村一夫の世界』 です。
まんだらけ出版より、9月15日(木)まんだらけ先行発売となります。
店頭は9月下旬頃になる予定。(まんだらけ特典あり)
嬉しいのと、せっかちなので、つい告知してしまう私。
詳細は近日中にお知らせします。
企画から約一年半、長い道のりでしたが、大変勉強になりました。
まとめてくださったのは、まんだらけ編集部と劇画研究家の森田さん。
すごいメンツでした。(一言では語れない奥深い方々です)
亡くなってから25年経てこのような本を作っていただき、家族として嬉しいかぎりです。
父も喜んでいるかしら。少し照れているかも。
お待ち頂いていた皆様にも早くお見せしたい気持ちでいっぱいです。
タイトルは 『リリシズム 上村一夫の世界』 です。
まんだらけ出版より、9月15日(木)まんだらけ先行発売となります。
店頭は9月下旬頃になる予定。(まんだらけ特典あり)
嬉しいのと、せっかちなので、つい告知してしまう私。
詳細は近日中にお知らせします。
企画から約一年半、長い道のりでしたが、大変勉強になりました。
まとめてくださったのは、まんだらけ編集部と劇画研究家の森田さん。
すごいメンツでした。(一言では語れない奥深い方々です)
亡くなってから25年経てこのような本を作っていただき、家族として嬉しいかぎりです。
父も喜んでいるかしら。少し照れているかも。
お待ち頂いていた皆様にも早くお見せしたい気持ちでいっぱいです。
登録:
投稿 (Atom)
